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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)52号 判決

大阪市住吉区東紛浜3丁目9番12号

原告

株式会社南海土地

右代表者代表取締役

由良正行

大阪市住吉区2丁目17番37号

被告

住吉税務署長 中川光男

右指定代理人

笠井勝彦

外4名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は,原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告が昭和60年2月28日付で原告の昭和58年4月1日から昭和59年3月31日までの事業年度の法人税につきした更正処分のうち141万2,000円を超える課税留保所得金額を認定した部分を取消す。

(二)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

二  原告の請求原因

1  原告は,不動産の経営ならびに管理等を業務とする資本金1,300万円の株式会社であって,被告から青色申告書提出の承認を受けた法人税法(以下,「法」ともいう。)2条10号に規定する同族会社であるが,被告は,原告が昭和58年4月1日から昭和59年3月31日までの事業年度(以下,「本件係争年度」という。)の法人税について更正処分(以下,「本件処分」という。)をした。なお,原告のした確定申告,本件処分,原告の更正の請求,これに対する被告の通知,原告の異議申立,これに対する被告の決定,原告の訂正後申告,原告の審査講求および国税不服審判所長がした裁決の経緯,内容は,別表1記載のとおりであり,確定申告および本件処分の項目別明細は,別表2記載のとおりである。

2  原告は,昭和59年3月27日原告の株主総会において原告の前代表取締役道広鉄造ほか三名に対する役員退職給与2,546万0,830円(以下,「本件役員退職給与」という。)の支給を決議したが,右給与の実際の支払が次期以降になる見込のため,本件係争年度では損金経理ができないものと誤信し,これを損金経理しないまま原告の株主総会において本件係争年度の決算報告書の承認決議をしたところ,被告の本件処分により右錯誤に気付き,昭和60年3月20日原告の臨時株主総会において本件役員退職給与を損金経理した決算報告書の変更承認決議を行い,この変更後の計算書類に基づいて同年7月25日に課税留保所得金額141万2,000円と記載した「修正申告書」と題する訂正後申告書を被告に提出した。

このような経緯のもとでは,本件係争年度の決算は有効に変更され,本件決員退職給与は損金に算入されるから,課税留保所得金額は141万2,000円となる。したがって,本件処分には,原告の課税留保所得金額を過大に認定した違法がある。

3  よって,原告は本件処分のうち,141万2,000円を超える課税留保所得金額を認定した部分の取消しを求める。

三  請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1は,認める。同2のうち,原告が昭和60年7月25日に課税留保所得金額141万2,000円と記載した「修正申告書」と題する書面を被告に提出したことは認め,その余は争う。

2(一)  法2条10号に規定する同族会社は,法67条により,各事業年度の留保所得金額が留保控除額を超える場合には,その超える部分の金額に一定の割合を乗じて計算した金額を各事業年度の所得金額に対する法人税額に加算することとされている。

被告は,同族会社である原告の本件係争年度の留保所得金額を基礎として,別表2記載のとおり本件処分をした。

(二)  法人税法は,課税所得計算上の益金および損金の計算を公正妥当な会計慣行に委ねて法人に選択の余地を認めたうえで,株式総会の承認によって確定した決算に基づいて当該事業年度の確定申告を行うことを要するものとしている。

このように,法は法人の会計慣行を尊重しつつ,その責任において確定申告を行うことを義務付けている以上,確定申告書を提出したのちに法人からなされる記載事項の訂正の申立は,法律が特に認めた場合またはその錯誤が客観的に明白かつ重大であって,法律が特に認めた方法以外にその是正を許さないならば,納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合を除き,これを認めるべきではない。そして,右特段の事情のある場合とは,商法による株主総会の決議の無効もしくは取消の確定判決または行政官庁の命令等に基づく決算の変更があった場合などに限られると解すべきである。

そこで,これを本件についてみるのに,原告の本件係争年度の確定申告書の記載内容には,客観的に明白かつ重大な錯誤は認められないばかりか,法定の方法以外にその是正を許さないならば,原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情も認められない。したがって,本件係争年度の確定した決算において本件役員退職給与を損金経理することはできないから,右給与は,本件係争年度の損金の額には算入されない。そして,法67条に従い,原告の本件係争年度の課税留保所得金額を計算すれば,別表3記載のとおり2,687万3,000円となる。

(三)  したがって,本件処分には何ら違法はない。

四  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  すべて争う。

2(一)  原告は,昭和58年3月から5月にかけて前代表取締役,前専務取締役および経理担当者の妻が相次いで死去し,一時は会社倒産の危機に瀕するという異常な会社環境下で本件係争年度の決算を確定したが,その際前事業年度からの繰越欠損金が膨大であり,かつ,本件役員退職給与の実際の支払が次事業年度以降になる見込のため,法および通達によれば本件役員退職給与を本件係争年度の損金の額に算入することができたにもかかわらず,これをできないものと誤信し,損金経理をしないまま決算を確定したのであるから,本件は,確定した決算の変更が認められる特段の事情が存するものというべきである。

もし,確定した決算の変更が認められないとすれば,確定決算における損金経理を要件とする国税通則法23条による更正の請求による救済の途が閉されることとなり,その不当性は明らかである。

(二)  同族会社に対していわゆる留保金課税を規定した法67条は,合理的理由もなく同族会社に過重な課税負担を強いるもので,同族会社を非同族会社と比較して不当に不利益に扱うものであるから,課税負担公平の原則に反し,憲法14条1項に違反する。すなわち,

(1) 法の定める同族会社と非同族会社との区別はきわめて形式的であり,個々の法人の実体を全く考慮していないから,こうした基準による留保金課税は合理性を欠くものである。

(2) 法人の留保金は課税済所得であるところ,留保金課税は,右留保金に再度課税を行うものであるから,非同族会社と比較して同族会社を不当に差別するものである。

(3) 留保金課税は,窮極的には個々の株主に帰属すべき利益である留保金に対して課税を行うものであるから,源泉税を課税されても配当所得を取得する非同族会社の株主と比較して,同族会社の株主を不当に差別するものである。

(4) 同族会社は,資本市場から資金を調達する手段を持てないので,経営基盤を強化するためには,利益を内部に留保する必要がある。それにもかかわらず,こうした留保金に課税することは,同族会社を弱少化させ,その存立を危うくさせるものであるから,同族会社を不当に差別するものである。

五  原告の反論に対する被告の認否および再反論

1  すべて争う。

2(一)  法人につき更正の請求が認められるのは,申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合に限られるところ,本件で確定決算の変更が問題となる本件役員退職給与の損金算入時期は,法人が自己の意思のみによって自由に決定できる事項であり,そもそも更正の請求の認められる事項ではないから,原告の反論2(一)後段の主張は失当である。

(二)  現行の法人税法の課税方式は,法人の所得は窮極的には株主に配当され,右配当所得に所得税が課税されるという想定のもとに,個人株主については配当控除,法人株主については配当の益金不算入の措置を講じて,同一所得に対して二重に課税しない建前をとっている。ところが,同族関係者によって経営支配権の確立されている同族会社においては,その性質上配当すべき所得を不当に法人内に留保し,配当に対する所得税の課税を避けるという非同族会社では通常なしえないような不当な利益留保が容易に行われがちである。そこで,法67条は,所得税の回避を防止し,もって課税負担の公平を期すことを目的とし,同族会社が各事業年度において,一定限度を超える所得を留保したときは,通常の法人税のほかに,その超える留保金額に対し特別の税率で計算した金額を加算するものである。したがって,法67条は同族会社を不当に不利益に取扱うものではないから,憲法14条1項に違反しない。

六  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1は,当事者に争いがない。

二  右争いのない事実,成立に争いのない乙第6号証,いずれも弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第1,第2号証,弁論の全趣旨により原本の存在および成立を認めうる甲第3号証ならびに弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

原告は,昭和59年3月27日の株主総会において本件役員退職給与(2,546万0,830円)の支給を決議したが,これを損金経理しないまま右株主総会において本件係争年度の決算報告書の承認決議をし,これに基づき本件係争年度の確定申告をしたところ,被告は,本件役員退職給与を損金とみず,課税留保所得金額を2,687万3,000円とする本件処分をした。そこで,原告は本件処分後である昭和60年3月20日の臨時株主総会において「決算手続において重大な錯誤があった」との理由で本件役員退職給与を損金経理した決算報告書の変更承認決議を行い,これに基づいて同年7月25日課税留保金額を141万2,000円と記載した「修正申告書」と題する訂正後申告書を被告に提出した。

三  本件処分の適否について

原告は,本件処分中141万2,000円を上回る課税留保所得金額に当たる本件役員退職給与が,本件係争年度の損金の額に算入されるか否かのみを争っているので,以下,この点について検討する。

1  法67条の合憲性について

原告は,同族会社に対して留保金課税を規定した法67条は,合理的理由もなく同族会社を非同族会社と比較して不当に不利益に扱うものであるから,憲法14条1項に違反する旨主張するので,この点について判断する。

(一)  憲法14条1項は,すべて国民は法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分または門地により,政治的,経済的または社会的関係において差別されない旨を明定している。この平等の保障は,憲法の最も基本的な原理の一つであって,課税権の行使を含む国のすべての統治行動に及ぶものである。しかしながら,憲法の右規定は,国民に対し絶対的な平等を保障したのではなく,合理的理由なくして差別することを禁止する趣旨であって,国民各自の事実上の差異に相応して法的扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,なんら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和25年(あ)第292号同年10月11日大法廷判決・刑集4巻10号2037頁,同昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。

ところで,租税は,国家が,その課税権に基づき,特別の給付に対する反対給付としてでなく,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,一定の要件に該当するすべての者に課する金銭給付であるが,およそ民主主義国家にあっては,国家の維持および活動に必要な経費は,主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり,我が国の憲法も,かかる見地の下に,国民がその総意を反映する租税立法に基づいて納税の義務を負うことを定め(憲法30条),新たに租税を課しまたは現行の租税を変更するには,法律または法律の定める条件によることを必要としている(憲法84条)。それゆえ,課税要件および租税の賦課徴収の手続は,法律で明確に定めることが必要であるが,憲法自体は,その内容について特に定めることをせず,これを法律の定めるところにゆだねているのである。思うに,租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え,所得の再分配,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについて,極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断をゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるをえないものというべきである。そうであるとすれば,租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱の区別は,その立法目的が正当なものであり,かつ,当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り,その合理性を否定することができず,これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないものと解するのが相当である(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。

(二)  法67条は,法2条10号に定める同族会社が各事業年度において,一定の留保控除額(法67条3項各号の金額のうち最も多い金額)を超える所得を留保したときは,通常の法人税のほかに,その超える留保金額,すなわち課税留保所得金額に対し特別の税率で計算した金額を加算することとしている。

ところで,現行の法人税の課税方式は,法人の所得が窮極的には配当により株主に帰属するとの考えを前提として,株主に対する配当に所得税を課税するというものである。ところが,法人の中には,その実体において個人企業と異ならないものが多く,これらの法人は利益を不当に法人内に留保し,法人税率よりも高い配当に対する所得税の段階税率の適用を回避する傾向が強いので,こうした法人に一律に法人税法による税率を適用すれば,かえって個人企業または通常の法人との間に租税負担の不公平を来たすおそれがある。そこで,法人税法は3人以内の株主およびその同族関係者の持株比率を基準として,この形式的基準に該当するものを同族会社と定義し(法2条10号),前記のとおり,この同族会社に対しては,通常の法人税のほかにその利益の内部留保に対し,特別の課税を行うことにより,法人形態による企業と個人形態による企業ならびに非同族会社と同族会社との各税負担差を調整し,間接的には同族会社の配当支払を促進させる誘因としての機能を果たすことを目的としているものであるから,その立法目的は正当である。そして,留保金課税は留保金額全体に対して課税されるものではなく,法67条3項による留保控除額を超える部分に対して課税されるものであることおよび課税税率は三段階の超過累進税率であることに照らすと,同族会社に対し,法67条に規定する特別の税率による課税を行うことによる区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかであるとは認められない。

(三)  なお,原告は,次のとおり,法67条が憲法14条1項に違反する旨るる主張するので,この点について判断する。

(1) 原告は,法の定める同族会社と非同族会社との区別は形式的であり,個々の法人の実体を全く考慮していないから,こうした基準による留保金課税は合理性を欠く旨主張する。しかしながら,前記基準は,当該株主がその議決権を通じて法人の配当政策や営業政策を左右できるかどうかという点に着目して同族会社を定義付けたものと解され,前記留保金課税の立法目的を達成する基準として不合理な点は認められないから,原告の右主張は採用できない。

(2) 原告は,留保金課税は同族会社につき,課税済所得に対して再度の課税を認めるものであるから,同族会社を不当に差別するものである旨主張する。しかしながら,原告の右主張は留保金課税の対象となる留保金を課税済所得とみる点において,既に失当であり,採用できない。

(3) 原告は,留保金課税は,窮極的には個々の株主に帰属すべき利益に対して課税を行うものであるから,非同族会社の株主と比較して,同族会社の株主を不当に差別するものである旨主張する。しかしながら,同族会社の内部留保金は,当該法人の利益であるという面において,窮極的には株主に帰属すべきものであるとしても,当該法人において当該事業年度の配当の対象とされなかったものであり,仮に将来配当が行われる際の源資となりうるとしても,いまだ具体的な配当額が確定していない以上,これとの間の関連性を認めることはできない。さらに,前記のとおり,留保金課税の対象とされる留保金は,本来配当等により利益処分をすべきであったのに,過大に留保され,配当に対する所得税の課税を不当に免れていたものであるから,これに対して課税を行うことは何ら不合理ではなく,同族会社を不当に差別するものでないことは明らかである。したがって,原告の右主張は採用できない。

(4) 原告は,留保金課税は,経営基盤強化の必要から利益を内部留保する必要のある同族会社の存立を危うくするものであり,同族会社を不当に差別するものである旨主張する。しかしながら,前記の留保金課税の方式およびその課税税率等に照らせば,現行の留保金課税が同族会社の存立を危うくするものとは到底認められないから,原告の右主張は採用できない。

(四)  よって,法67条は憲法14条1項の規定に違反しない。

2  役員退職給与の損金算入について

法は,内国法人が退職した役員に対して支給する役員退職給与については,当該事業年度において損金経理をしなかった金額は,その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入しない旨規定し(法36条),一定の要件のもとにこれを損金に算入することを認めているが,これを受けて,法人税基本通達9-2-18(乙第2号証参照)は,役員退職給与の額の損金算入の時期は,株主総会の決議等により支給額が具体的に確定した日の属する事業年度または法人がその退職給与の額を支給した日の属する事業年度(ただし,当該法人が同事業年度において右支給額につき損金経理をした場合)であるとして,いずれの事業年度の損金に算入するかを当該法人の選択にゆだねている。

ところが,原告は前記のとおり,本件係争年度の株主総会の決議で本件役員退職給与の額を確定させたものの,これを本件係争年度において損金経理しなかったから,右給与額を同年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することはできない。

3  確定した決算の変更の可否について

原告は,本件では確定した決算の変更が認められるべきであるから,本件処分のうち本件係争年度における本件役員退職給与の損金算入を認めず,141万2,000円を上回る課税留保所得金額を認定した部分は違法である旨主張するので,この点について判断する。

(一)  法は,法人税につきいわゆる申告納税制度を採用し,内国法人の確定申告について,各事業年度終了の日の翌日から2カ月以内に,税務署長に対し,確定した決算に基づき申告書を提出しなければならない旨規定しており(法74条1項),この「確定した決算」とは,法人がその決算に基づく計算書類につき,当該事業年度終了の日の翌日から2か月以内に開催された株主総会で承認決議のあった決算を指すものと解される。そして,国税通則法は,確定申告書記載事項の過誤の是正につき特別の規定を設けている(同法19条,23条参照)。このように,法人税法が申告納税制度を採用したゆえんは,法人税の課税標準等の決定は最もその間の事情に通じている納税義務者自身の申告に基づくものとし,その過誤の是正は法律が特に認めた場合に限る建前とすることが,租税債務を可及的速やかに確定せしむべき国家財政上の要請に応ずるものであり,納税義務者に対しても過当な不利益を強いるおそれがないと認めたからにほかならない。したがって,確定申告書の記載内容の過誤の是正については,その錯誤が客観的に明白かつ重大であって,前記租税法規の定めた方法以外にその是正を許さないならば,納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ,法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは,許されないものといわなければならない(最高裁昭和38年(オ)第499号同39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁参照)。そして,前記役員退職給与の損金算入にみられるように,法人税法は,課税所得の計算原理ないし計算方法のかなりの部分につき確定決算基準を採用し,経理につき法人に選択の余地を認めていることに照らせば,右錯誤の主張を認めるべき特段の事情がある場合とは,株主総会の決議の無効もしくは取消の確定判決に基づく決算の変更または行政官庁の命令等による決算の変更があった場合など,当該法人の意思に基づかない外部的事情により決算が変更された場合に限定されるものと解するのが相当である。

(二)  そこで,本件において決算の変更が認められるかどうかについて判断する。

(1) 原告は,前記のとおり,昭和60年7月25日課税留保所得141万2,000円と記載した「修正申告書」と題する訂正後申告書を提出しているが,右は更正処分による税額を減少させる内容のものであるから,国税通則法19条に規定する修正申告書に該当せず,また,租税法規上訂正後申告書に関する規定は存在しない。

(2) そこで,次に,本件確定申告書の記載内容について客観的に明白かつ重大な錯誤があるかどうかについて検討するのに,原告は,前記認定のとおり,本件役員退職給与の損金算入について,その額が具体的に確定した日の属する事業年度である本件係争年度を選択せず,同年度の確定申告で損金計上をしなかったものであるが,仮に原告につき原告の反論2(一)前段の事実が存在したとしても,右は,単なる原告の法令の誤解によるものであり,確定申告書の記載内容の過誤ではないから,確定申告書の記載に客観的に明白かつ重大な錯誤があったものとはいえず,また,本件全証拠によっても,法定の方法以外に確定申告書の記載の訂正を認めなければ原告の利益を著しく害すると認むべき特段の事由は認められない。

(3) なお,原告は,確定した決算の変更が認められなければ,国税通則法23条に基づく更正の請求による救済が受けられなくなる旨主張しているが,前記のとおり原告の本件係争年度の確定申告書には,同法23条1項1号の事由は存せず,本件は,そもそも更正の請求をなしうべき場合にはあたらないから,原告の右主張は失当である。

(三)  よって,本件では確定した決算の変更は認められない。

4  以上のとおり,原告の本件係争年度の留保所得金額は4,187万3,284円であり,法67条に従い留保控除額を控除すれば,原告の本件係争年度の課税留保所得金額は,別表3記載のとおり2,687万3,000円となる。

そうすると,本件処分には,原告の本件係争年度の課税留保金額を過大に認定した違法はない。

四  よって,本件処分の取消を求める原告の本訴請求は,理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について行訴法7条,民訴法89条に従い,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 田中敦 裁判官 古財英明)

〈以下省略〉

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